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「人間の平均的な顔を作ると、それは美人になるそうです」
「ほう、それはつまり俺が平凡以下の面だと言いたいわけか」
「いいえそうではありません、平安時代の人の美的感覚と現代人の美的感覚が異なるということはあなたもご存じでしょう?」
「ご存じだが、それがどうした」
「僕はあなたの顔を非常に好ましく思っている、そういうことですよ」
「……ああそうかい」
(だったら最初からそう言え、この阿呆)
朝、登校する前に妹から襲撃を受けた。何かって、それはオレンジ色のシャワーだった。
「……おい」
妹は人に花びらをぶっかけたとは思えない顔でけらけらと笑っている。ぱらぱらと足下に幾つもの小さな小さな花が散らばった。
「摘んできたんじゃないだろうな?」
風が吹けばぽろぽろこぼれる、雨が降れば一斉に散る花の命を無駄に費やすこともないだろう。妹はきちんと首を振った。
「ううん、落ちてるの拾ったんだよー」
キョンくんにおすそわけー、と言って待っていた友人の元へ走っていってしまう。
待て、つまり俺に落ちていた花をぶちまけたわけか。得体の知れない菌とか虫がいたらどうするんだ。今度からそういうことをしたいときは手袋をしておくことをお勧めする。
今さらのように、甘い香りが鼻を掠めた。
「おはようございます」
「はよ」
何故か山登りの最中で古泉と会った。普段は登校時間は合わないが、たまに一緒になったときはこうして共に足を動かしたりする。大抵最初に気付くのはこいつで、声を掛けてくるのもこいつからだ。俺? 俺は朝こうして坂を登っている最中にあまり疲れるようなことはしたくない。
「?……なにか」
古泉はすい、と顔を近づけた。おーい、天下の通学路で何をやっとるか。
「いい香りが、しますね」
「ああ、きんもくせいだな」
金木犀、と古泉はオウム返しに言って目をしぱしぱさせた。
「今朝妹が突然俺に浴びせてきたんだ。自転車に乗ったもんだから、大分匂いは飛んだと思ったが」
「微かに薫っているだけですよ、僕は好きですね」
そう言ってからあ、と古泉は間抜けな声を上げた。それから指先で俺の髪を軽く梳き、
「ついていました」
そうして、指の先っちょに乗っけたきんもくせいの小さな小さな花に口づけた。
俺はよっぽど、そいつは地面に落っこちてたもんだぜと言おうと思ったが、止めた。
実のところ俺はこの小さな芳香剤のような花が嫌いではないのだ。古泉が嫌わないと言うなら、もっといい。
「近所にでっかい木があってな、毎年山ほど花が咲くんだ。今度見に来るか」
「はい、是非」
だが結局、花の盛りのうちに古泉と共にきんもくせいの香りを胸一杯吸い込むことはできなかった。
古泉が来るというちょうどその日に雨が降り、オレンジの小さな花は濡れながらコンクリートの上に散らばるしかなかったのだった。
少し、残念だった。
それから古泉は、来年は是非咲き始めに見に来ましょうねと俺をフォローするようなことを言って、傘を揺らした。
「僕も金木犀が好きですよ」
金木犀は好きです。しかし温暖化の影響で咲き始めが遅くなっているという記事を本日読んで少々愕然としました。植物は凄いなあ。
それとは全く関係のないお話でした。