[PR]上記の広告は3ヶ月以上新規記事投稿のないブログに表示されています。新しい記事を書く事で広告が消えます。
うたたね
実のところ、ボーカロイドは人間のように生体維持の必要があって眠るわけではない。眠るという状態は一種の仮死状態のようなものであって、電源オフの一歩手前だ。「眠る」ことによって彼らは与えられた情報を音楽を嚥下し、消化していく。自分の手に届かないところで情報を処理していくのだと考えた方が早い。
であるからして、眠っているのは全くおかしくない。ただし規則正しいボーカロイドなら日に一度、夜更かし好きなら二、三日に一度程度八時間から十時間の睡眠を取れば充分なことだ。
よって、ミクは畳の部屋で寝転がる兄の姿を見て首を傾げた。愛らしいツインテールがふわふわと揺れる。サイバー風味の彼女の普段着は、夏場は袖部分を身につけなければ露出度が高いのでまあまあ涼しい。ノースリーブにミニスカート、足を広げて座っていると兄にいちいち注意されるのが悩みの種だ。リンのようにショートパンツでも良かったのにと思う。今度着替えを申請してみようかな。
対して兄は、すなわちKAITOはボーカロイド一暑そうな格好をしている。MEIKOが真っ赤な胸元もあらわなシャツにへそだしホットパンツ、リンとレンがセーラー風の半袖短パンだというのに、彼は長ズボンにシャツ、長袖のロングコートにおまけのようにマフラーがくっついている。それで暑い暑いと言って脱げ、ときょうだい全員から突っ込まれたのは記憶に新しい。
余談だがボーカロイドは感覚的にはほぼ人間と等しいそれを兼ね備えている。であるからして、暑いものは暑いし寒いものは寒い。では冬は薄着組はどうしているかというと、外気温感度を下げているのだ。だというのにKAITOは、夏は暑いもんだと言って譲らない。見ている方が暑苦しいとは気が付いていないようだ。
さてKAITOは、風が柔らかく吹き抜けるその部屋でごろりと転がって「眠って」いた。マフラーもつけたままで、絡まって首が絞まらないのかなとミクは少し思ったが、流石にそこまでヘマはすまい。手元にはすっかり食べきったアイスの棒が握られている。寝顔を見るが、寝顔の方が普段の顔よりずっとしまりがあるというのはどうかと思う。本気を出す時以外の兄のデフォ顔はにこにこ笑顔か困り顔か、泣き顔かアイスを見た時の全壊幸せ笑顔だ。これが眠ると一切の表情を消して、本来の端正さが露わになる。
まともにしていればかっこいいのに、と自慢の兄と言ってもいい顔の横にミクは腰を下ろした。だがミクは結局、起きている時の兄の方が好きだったのだから、文句を言うつもりではない。起こすでもなく、ただその顔を見ていた。
真顔で眠っているくせに、どこかに安らぎが見えるその顔は不思議だった。まるで自分まで「眠たく」なってくるような。
この暑いのにと思いながらも、日課のネギ畑への水やりが終わっていたせいもあって、ミクは部屋の隅にあった座布団を引き寄せてそれを枕にして横たわった。兄が起きたら、どんな顔をするかしら。
暑かったのでリンと二人でロードローラーで風を感じてきたレンは、その部屋の前で立ち止まった。普段あまり人がいることのない畳の部屋の中では、兄と姉が仲睦まじく眠っていた。
なにやってんだ、と思う。この二人がこんなところで居眠りなんかしているから、リンと手分けしてまで探さなきゃいけなくなったというのに。姿をくらましている間こんなところで休眠しているなんて人騒がせにも程がある。
本格的な「眠り」ではないのだろうと見当が付いた。ちょっとそんな気分になったから目を閉じてみようみたいな、人間みたいな発想だ。よくわからないと思いながらも、レンは二人を起こさなかった。
起動時間に差があるから、経験の差が上三人と比べるとあるのはしょうがない。おまけに設定年齢まで低いと来た。それになんとなくちりちりしたジレンマ、決して歌声には出ないノイズを抱えていたのだが、この光景を見てそれが表に出てきたりはしなかった。
リンが待っているのはわかっている。でもそれは、きっと探し場所が無くなったリンもここに来るだろうということだ。少しでもあの片割れより先んじてみたくて、レンは畳の部屋に足を踏み入れた。
いつまでも双子が同じ速度で進めるとは思っていない。たまにリンにもびっくりさせられることが増えた。少しさみしいが、そういうのも成長なんだよとどこかの馬鹿兄貴が言っていた気がする。
レンはKAITOを挟んでミクの反対側に寝転がると、手に触れた布をなんとはなしに握りしめた。柔らかな感触に、それが暑苦しいマフラーだとはわかっていたのだけど。兄は起きたら驚くだろうか。
廊下を走っていたリンは、ふと足を止めてその部屋を覗き込んだ。小の字っぽく眠っている三人を発見して、ぷうと頬を膨らませる。
彼女は今までMEIKOに頼まれて一生懸命KAITOとミクを探していたのだ。そしてようやく見つけたと思ったら二人はすやすやと何の問題もないかのように眠っているし、手分けしていたはずの片割れまでも一緒になって目を閉じているではないか。
これは由々しき事態である、と誰も見ていないのに芝居がかった動作で腕を組んでリンは嘆息した。そもそも眠っていて呼びかけにも応じない二人もそうだが、レンもレンだ。一緒になって探していたのだから、「眠る」前に連絡の一つも寄こさないのがおかしい。別に四六時中一緒にいたいわけではないが(いたくはないわけじゃないけど)こうやって自分の知らないところで自分をほったらかしにして、と思うと腹に来るものがある。響き合うために生まれたのに、不協和音を奏でるようになってしまうのだろうか。別離の歌はいくつも歌ったことがあるけど、自分たちがそうなるとはなかなか思えなかった。二人の間で変化はあるかもしれないが、どちらかの消滅はあり得ないはずなのだ。相手がいるから自分がいて、自分がいるから相手がいるのだから。どちらが裏でどちらが表かも、もうわからない。
兄にはわかっているのかもしれないけれどと寝姿を見下ろすと、いつものように暑そうだった。そのマフラーの端をレンが握っていて、伸ばされた腕の先の指をミクが触れている。ハーゲンダッツのクリスピーサンド片手に、どっちが表でもおいしいよと、両方表で出来てるのかもしれない、と笑ったのはこの兄だった。片割れは兄ではなく、弟だとリンは頑なに主張している。あちらもリンを妹だと主張するのだからおあいこだ。
だからリンは、姉に頼まれていたことなどすっかり忘れて畳の部屋に入った。それから兄の頭の上あたりに寝転がり、くしゃりと髪に手を差し入れる。ううんと唸ったような気がしたが、起きる気配はなかった。兄が起きたら、怒られるかな。
「……あらあら」
昼過ぎから(正確には酒とアイスとみかんとバナナの買い出しを終えてから)姿が見えなくなったKAITOと、ネギ畑に行った後顔を出さないミクと、二人を探してくれと頼んだはずなのに消息不明になったリンとレンとは、MEIKOが見下ろす先でくっついて眠っていた。団子のようだと彼女はくすくす笑う。暑いだろうに。
「せっかく頂き物のスイカがあるのに」
最近隣に引っ越してきた親戚のがくぽからの差し入れだった。お返しにキュウリと大量にある枯れかけたネギを渡すと、視線をさまよわせてからかたじけないと受け取った。断ることができないあたり人の良さを伺わせる。
どうしようかしらとMEIKOは首をひねった。せっかくのスイカなのだからフルーツポンチカクテルにして食べてみたかったし、夏の果実は弟妹たちも嬉しくかぶりつくに違いなかったのに。
しかし起こすにはもったいないぐらい、四人は仲良く「眠って」いた。それが擬似的な眠りに過ぎないとしても余るほどに。
ひとまずMEIKOは、氷水を張ったたらいに浮かんでいるスイカの様子を見に行くことにした。氷が溶けているようだったら井戸につけるのが古来からの伝統というやつだろう。
それからタオルケットを持ってあの部屋に戻って、あの団子にかけてやろう。そうしたら自分は、酒を持ってあの光景を肴にするのもいいし、あの部屋の窓辺に風鈴を取り付けてみるのも良い。必要なインテリアは調達できるし、何より涼しげだ。
そうしようと身を翻す刹那、視界の端に取り澄ました顔の弟を捕らえて思わず笑った。眠る時の癖だが、今は常より寝苦しそうだ。弟が起きたら、モテモテねとからかってやろう。
End.
舞台は不思議空間。
ただいまアルよー、という高い声と、どすどすと大きな足音を聞いて、新八は見ていたテレビから廊下へと視線を移した。
「お帰り、神楽ちゃんに定春……ってうわ」
手に持っていた湯飲みを机に置き、慌てて立ち上がる。
「新八ぃ、定春がなんだかトゲトゲネ。触れるものみな傷つけそうな勢いアル。どうにかするヨロシ」
「どこで遊んできたの……」
定春の無惨な様子と、何故か偉そうな神楽を見て新八がため息を吐く。定春の白い体毛には、所々に黒くて細長い植物の種が引っかかっていた。
「なんか引っ張っても取れないネ。ぶちっとやったら定春の毛までぶちっといったヨ」
「ああなるほど、この部分は神楽ちゃんの仕業か」
その通り『ぶちっと』やったのだろう、首の下あたりの毛が十円ハゲに似た様相でなくなっている。わぉん、と定春がどことなく悲しげに鳴いた。
「うーん……ブラッシングで取れるかなあ」
ぶつぶつと言いながら一旦引っ込んだ新八は、手にブラシを持って廊下に出てきた。こっちでやろうと居間を指すので、定春と神楽も着いていく。ブラシは定春専用のではあるが、犬用とかの洒落たものではない。以前神楽のぼさぼさ頭と古びたブラシを目撃して同情したらしいお登勢から新しいブラシが万事屋にやってきて、用済みになったブラシはしばらく銀時の頭を梳かしていたのだが、定春の抜け毛が酷かった時期あたりから定春のブラシになった。
「これは種なんだよ」
もつれる毛になんとかブラシを通し、抜けてしまった毛についてきた黒い元凶を神楽に手渡す。普段なら定春の巨体にもたれかかる神楽だったが、流石に今日は新八の横で作業を見ていた。
「種? なんで定春にひっつくアルか」
「なるべく遠くまで運んでもらいたいから、ひっつくようになったんだよ」
首周りを何度も何度も梳かすと、どうにか種は少なくなった。居間の床に、白い毛と混じって落ちている。後で掃除機かけないとな、と思いながら新八は体の側面に手を伸ばした。定春は大人しくその場にうずくまっている。
「運んでもらってどうするアル、ご飯食べに行くわけでもないのに」
「遠くで花を咲かせたいんじゃないかな」
丹念に手を動かす。時折定春が痛そうに鳴いたが、暴れ出すことはなかった。
「でもここじゃ意味ないネ」
神楽は手で弄んでいた種を床に落ちている仲間たちの元へと投げ捨てた。
そうだね、と新八が頷く。
「こんなところに根を下ろされたら困るしなあ」
外、恐らく河原だろう場所に生えている草にさえこう困らされているのだから、家の中にも生えたらたまらない。土もないところに生えるかどうかは疑問だが。
「後でどっか蒔きに行ってやるアル」
じゃかじゃかと床の種をかき集め、神楽はにっと笑った。つられて新八も少し笑う。
「定春の毛と分けるのは神楽ちゃんがやってね」
「んだよ使えねーなダメガネが」
「はいはい、僕はこっちで忙しいから」
悪態を付く神楽を軽くあしらって、伸ばされた前足に取りかかる。草の本体ごと着いてきているのを見つけて、おいおいとため息を吐いた。
「そうだ、しばらく家の中裸足で歩いちゃダメだよ」
「どうしてアルか、ついに私のくるぶしに欲情する年になったアルか」
「そんな年にはならないから。結構これ、刺さると痛いんだよね」
どっかに落ちてるかも、と言った矢先に、いってえぇぇぇぇぇぇ!とずっと厠に篭もっていた上司の声が響いた。
ね、と新八が笑いかけると、神楽もししし、と笑った。
「ちょっ新八ぃ! 神楽ぁ! なにこれなにこれ、なんかのトラップ!? なんかざくぅきたんだけどざくぅって! 足の裏大丈夫かコレ、骨一本増えたんじゃね!?」
騒ぐダメ男は神楽が帰ってきていることには気が付いていたらしい。全く情けない人だね、と黒色と桃色の二人は顔を見合わせて笑った。白色の一匹が、わん、と賛同するように吠える。
End.
下と新八の対応の違いに笑った。
「ぱっつぁん、新聞取って」
「はいはい……って銀さん、いつからそんな呼び方覚えたんですか」
「んぁ? 別にいーじゃねえか、細けえこと気にすんなよ」
「まあそうですけどね」
「…………」
「…………」
「新ちゃん、お茶」
「あんたたまには自分で動けよ……」
「いやあ、それも助手の勤めでしょう、新八くん」
「いちいち呼ぶなうざい」
「ちょっ、ひどっ! 酷いよ志村弟! 銀さん泣くよ!」
「泣け。つーか白衣と眼鏡コス時の呼び方すんな」
「うん、そういう発言は自重しようね」
「あんたもな」
「……新八ぃ」
「なんすか」
「ほら、俺としては、なんだ、こう、色々あってな、まあなんか考えてないようで俺の紫色の脳細胞は着々と動いてるわけであって」
「糖まみれの脳みそは役に立つんですか? ていうかそれ腐ってないか紫って」
「糖舐めんなああああ! いいか糖分ってもんはアレだぞアレ、すぐにエネルギーになってその上貯蓄もできるという」
「ああ、体の中に貯めておけるならいちいち摂取する必要もありませんね」
「アレ、銀さん自爆した? 何? これ墓穴?」
「で? 何を考えたってんです」
「ああ、なんだほら、前神楽がぱっつぁんて呼んでただろ」
「ええ、確かに」
「ずるいじゃん」
「……はぁ?」
「神楽だけが呼ぶ呼び方あるのって、ずるいだろ」
「……すいません今僕の灰色の脳細胞が活動を拒否しました」
「再起動しろ」
「…………つまり、だからたまに新ちゃんだの姉上の真似をしたり、わざわざ変な感じで呼んでみたりしてると?」
「そーだ」
「馬鹿じゃないのか」
「この眼鏡、あっさり切って捨てやがった! あーひどーいーなー、銀さん泣いちゃうなー!」
「だから泣けよ。で? 用件は何ですか銀さん」
「へ?」
「突然そんなこと言い出して、本当は他に言いたいことあるんじゃないですか」
「うーわ……眼鏡のくせに察し早いよ、眼鏡なのに。全力眼鏡少年なのに」
「眼鏡関係ねえよ!」
「うん、だからぁ……新八はずるいと思わない?」
「何をですか」
「ほら、なんか気分を変えて、銀時(ハートマーク)とかで呼んでみたいと思わない?」
「ないです。特にそのハートマークがあり得ない」
「なんだよ! ちょっとした変化でマンネリを回避しようとする俺の崇高な試みを一瞬で打破すんな! 打破されるのは眠気だけで充分なんだよ!」
「うっさい天パ。糖尿。給料寄こせ坂田」
「違う! 俺が求めてるのはそんなんじゃありませんー! それとさりげに悪口混ぜるの止めてくんない!? 俺まだ予備軍だから、糖尿じゃないから!」
「すでに確定された未来みたいなもんじゃないすか、嫌だったら節制しろって何回言わせるんだ銀時このやろー働けダメ社長」
「確定されてねええええっ! 常に未来は希望に満ちているのが少年漫画ってもんだろうが!……って、あれ?」
「……なんですか」
「今言ったよねえ、銀時って言ったよね、ねえ」
「さあ」
「思いっきり顔逸らしても無駄だからね新八くん」
「記憶にございません」
「政治家みたいなごまかし方すんなっつの。なあ、面と向かって言うの恥ずかしかったから勢いに紛れて言ったわけ? なあそうなの?」
「……知りません」
「先生、顔赤くして言っても説得力ないです」
「知らねーっつってんでしょうがあ! あんたなんか銀さんで充分です、金輪際呼びません」
「言ったって認めてんじゃん」
「うるさい」
永遠に喋っていそうだ。
銀さんが風邪を引く回(通称グラさんの回)は最高だと思う。
いちいち銀さんと比較する新八とか、かっこいいグラさんとか、おかゆ作る新八とか、襖の隙間から見守る銀さんとか、ぱっつぁんとか、ラストの逆川の字とか!
どしゃっ、とスーパーのビニール袋が地面に落ちた。もちろん、中にこれでもかと詰め込まれた食材と共に、だ。
あーっ、とでかい声で眼鏡の少年が叫ぶ。
「ちょっ、あんたこれどーしてくれるんですか! これ今月最後の食材だったんですよ! これで一週間保たせないとうちは飢え死にするんですよコルァァァァァァァ!」
「んなもん奴らに言いなせェ」
薄い色の髪をした、真選組の制服がしっくりと馴染む青年は抜き身の真剣を提げたまま対照的にテンションの低い声音で返す。
てめぇら舐めてんのか、と叫んだ浪人が襲いかかってくるのは自明の理だった。
事の始まりはタイムセールの帰りだった眼鏡の新八が、見廻りの最中だった真選組の沖田と出会ったことにある。尤も、沖田は半分さぼりだったが。
ばったりと遭遇して、知らぬ仲でもないので多少立ち話をして、新八がお仕事は、と聞くと自主的に見廻りルートを変えてみたら一緒にいたはずの隊士とはぐれた、と沖田が答え、それわざとじゃないのかと冷たい目をして、それならそろそろ行った方が、と言いかけた刹那だった。
「真選組一番隊隊長、沖田総悟とお見受けする」
などという月並みな台詞を伴って、攘夷浪士と思しき連中に囲まれたのは。
それから幕府の狗め、とこれまた月並みな言葉を発しながら飛びかかってきた一人を沖田は咄嗟に避わし、とばっちりを受けないように慌てて下がりかけた新八にぶつかった。その結果買い物袋が落ちて、冒頭へと繋がる。
「大体この人たちあんたに用があるんでしょうが! なんで僕まで巻き込まれてんのぉ!?」
「あちらはあんたが無関係だとは思ってくれてなさそうですぜィ。まあ諦めて大人しく冥土へ行っちまったほうが楽かもなァ」
「なに人を勝手に殺してんだあああ! あんたそれでも警察か!」
新八は口で文句を言いながらも、違うと言ってもわかってもらえないことは重々承知していた。よって、たまたま持っていた木刀を持って応戦に当たっている。実際沖田に手助けなどいらないだろうが、こうでもしなければ自分の身が危ない。
沖田の方に向かっている浪人の方が圧倒的に多いので、こちらはすぐに死ぬというような切羽詰まったものでもない。横薙ぎに来た刀身を体の横に立てた木刀で受け止めると、がっ、と鈍い音がして止まった。そのまま相手の手首を強かに叩く。取り落とされた刀を蹴り飛ばし、側頭部を容赦なく打ちつけた。
なるほど、と自分は常に三人以上の敵を相手にしても余裕がある沖田は頷く。視線は時折新八の方へと注がれている。
際だった強さはない。
だがそれは沖田本人や環境、新八の周りの環境から見ればの話だ。道場の跡取りというのもまあ頷ける、正統な道場剣術は一通りこなしているらしい身のこなし。そういえば、凄まじい剣客と謳われた柳生家の先代の皿を割ったのもこの少年だった。そのほとんどがお膳立てをした万事屋の主のおかげであったとはいえ。
この程度の腕ならば、雑魚相手ならそう気にすることはない。だからあの旦那も連れて歩けるのかと妙に感心した。
例えば隊士と与させても、一人相手ならまあ勝てるんじゃなかろうかという腕前だ。真剣では駄目だろうが。
そして、と沖田は目の前の敵を袈裟懸けにしてから目を凝らす。
確かに基本は道場剣術だが、ところどころが違う。沖田自身もしないような動きだが、どこかにでたらめな節のあるそれはあの銀色の男に酷似していた。そこに銀の影を見たような気がして、ふ、と沖田は息を漏らす。
「とんでもねぇマーキングしやがる」
どこの獣ですかい旦那ァ、と今はいない銀の男に問いかけると、ぴしりとした殺気を感じた気がした。
「っだああ、疲れた……」
「眼鏡のくせによくやりますねィ、俺ァさっさと逃げて誰か呼んでくるもんだとばかり」
「その手があったか! なんで教えてくれないんすか!」
「……普通気づきますぜィ」
ごろごろと横たわる攘夷浪士の、三分の一にはまだ息があった。これで残党も聞き出せるかね、と沖田は口に出さずに思う。普段はほとんどその場で死んでしまうので、よく気にくわない上司に怒られるのだ。
屯所への連絡は済んでいる。誰かが通報したらしく、すでに人出はこちらに向かっているとのことだ。
「まぁ一応感謝の意は伝えておきますぜィ」
「欠片も感謝してなさそうですが。……別にいいですよ、沖田さん一人だって楽勝だったでしょう」
ぶすっとした新八は疲れているのだろう、声にどことなく張りがない。
「そりゃそうですがねィ」
「そーでしょ。ってことで」
新八は黙って右手を差し出した。沖田は首を傾げる。
「食材弁償してください」
「……明日は明日の風が吹きまさァ。天変地異でも起きて依頼がくるかもしれねーぜ?」
「うちの依頼は天変地異レベルの確率かよチクショー。そんなもんに縋ってるほどうちには余裕がないんです。買いだめした米しかねーよ」
「米がありゃなんとかなりまさァ」
「ならねーよ! 神楽ちゃんだって流石にたくあんとかふりかけとかは要求してくんだよおおおお!」
「勝手に腹減らしとけィ……って、ちょい待った」
沖田は思案するような顔をした。なんすか、と今度は新八が首を傾げる。
「するってぇと、これは万事屋の食料で?」
「? そうですよ」
全く当然の事じゃないかという顔をする新八に、多少なりとも突っ込みたい気持ちが芽生えた。
――あんたのうちはいつから万事屋になったんですかィ。
だが何故か口に出す直前で諦め、沖田は新八が落とした袋を拾い上げた。なんとか乱闘で踏まれはしなかったらしいが、はみ出たネギが無惨に路上に落ちている。ネギは何故か二つに折れていた。他にもいくつか散乱していて、なかなか悲惨である。
「まあ、中身確認しなせィ」
ばっと飛びついた新八が中身をチェックする。血の臭いが漂う場で平然としていられるのだから、なかなかに図太い。
「うわ、豆腐が崩れちゃってる……せっかくのセール品が、ってああ! 袋破れてるし!」
「ネギは折れてますしねィ」
「ネギは最初から折ってあるんです、袋から飛び出さないように! ああどうしよう、本気で! いっそその人たちの懐漁るか!」
「警官の前で堂々と犯罪予告たァいい度胸だねィ」
「うるさい元凶」
やれやれ、と沖田が肩をすくめ、いくらかだったら弁償してもいいか、などという実に珍しい、それこそ天変地異レベルの感情を起こした時だった。
「よー、新八ぃ。何やってんだ」
「あ、銀さん」
着流しを着崩した銀色の髪をした男が、のんびりと歩いてきている。やる気の無さそうな顔つき、死んだ魚の目。普段通りのそれが、沖田をとらえて瞬間冷凍された。
「よう旦那ァ、ちと新八くんに公務の邪魔されてましてねィ」
「しれっと嘘を吐くなあああ! 僕があんたに巻き込まれたんでしょうが!」
気が付かない振りをして嘘を吐く。予想通り噛みついてきた新八に満足して銀時を見ると、ぼりぼりと頭を掻いている。
「あー……あんまりそういうことしないでくれる、沖田くん」
「不可抗力でさァ」
「まあ不可抗力っちゃそうですけど」
ぶちぶちと言う新八には、銀時の目は見えていないのだろう。
「このままいると面倒なことになりそうだな、帰るぞ、新八くーん」
「あ、実は、買い物が」
しょぼくれた顔で袋を指さすと、銀時もそれを見てあー、と気の抜けた音を出した。
「んー、しゃーねえ」
銀時は懐を探ると、珍しくも厚みのある財布を取り出した。
「ほれ、買ってこい」
その中から数枚の札を渡され、仰天した新八はそれをまじまじと見る。
「あ、あんた……どーしたんすか、なんか悪いものでも食ったんじゃ」
「銀さんをなんだと思ってんだ。ほれ、パチンコで大勝ちしたんだよ。ったくよお、こっそりパフェでも十杯ぐらい食おうと思ってたのによ」
「そんなにはありません。てかこっそり食う量じゃねええ!」
「まあまあ。ほれ、行かなくていいのか? セール終わっちまうぜ」
「あ、そうでした」
セールの一言にあっさりと言葉の矛を収め、新八は破れた袋を手に取った。それを銀時が横からかっさらい、ぱちぱちと瞬きをした新八はありがとうございます、と笑んだ。
「じゃあ沖田さん、邪魔してすみませんでした。怪我が無くてよかったです」
「あ? あァ、あんたもですぜィ」
「ありがとうございます。じゃあ、また」
軽く頭を下げて、新八は小走りで去っていった。大江戸ストアまではそんなに遠くはない。残されたのは色味こそ違えど薄い髪色の男が二人。
「……旦那ァ、あんたいつから見てたんで?」
「さあて、なんのことやら」
「とぼけんでくだせェ、自分に向けられた殺気間違えるほどふぬけちゃいませんぜ」
ふう、と銀時はため息を吐く。
「たまたま乱闘シーンに遭遇したんだよ、まあ大丈夫そうだったからほっといた」
「そりゃまた珍しい」
あんたもっと過保護だと思ってやした、と言えば、過保護だよ俺ぁ、と返事が返ってきた。黒いブーツのつま先でその辺に転がっている浪人の脇腹を蹴り上げる。
「見守るってのは慣れなくていけねーや」
「しかもかっこつけて金まで渡しちまいやしたからねェ、しばらく夜遊びも行けないんじゃないですかィ?」
「さてね」
そんときゃそんときだ、と嘯いてみせる男の唇の、両端は上がっている。全て計画通りとでも言いたげな横顔が、なんとなく沖田は気に入らなかった。
「じゃーな」
そう手を振って、片手で破れた袋を提げたまま銀時は歩き出した。先程新八が歩いていった方向だ。
全く嫌になりまさァ、とため息を吐く。
「旦那ァ」
呼びかけに銀時は振り返らなかったが、足を止めた。
「今度お詫びの品と弁償金持って伺いますぜィ」
「そーかい」
結局振り返らないまま、ひらひらともう一度手を振って銀時は今度こそ去っていった。いやに遅かったと感じるパトカーの、耳慣れたサイレンの音が代わりに近付いてくる。
これからの事後処理の煩わしさと、その後のお宅訪問の楽しさを思い浮かべて、沖田は息を漏らした。
End.
長い。銀新と沖新は銀魂の萌えカプです。大抵波が交互に来て、今は銀新。ちなみに次点が神新。アレ?万事屋万歳。
新八ぃ、と情けない声で銀時は顔を出した。
なんですかと答えて顔を上げた新八は、その手に排水溝の蓋があることに気が付いてぎょっとする。
「ちょ、持ってこないでくださいよ」
「これがさぁ、あれだよあれ、上手く流れないっつーかなんつーの? 人生大河ほど上手くいかないみたいな?」
「言っときますけど全然上手くないです」
新八は見ていた雑誌をぱたんと閉じて立ち上がり、台所へと移動した。その後ろを銀時はのそのそとついてきて、手に持っていた濡れた蓋をべちりとシンクに落とす。
今日は皿洗ってやるよとどんな気まぐれか申し出てきたので、新八はありがたく頼んだ。最後に自分が台所の水回りを掃除したのがいつかをすっかり忘れていたのだ。なにせ、新八は病院から退院してきたばかりである。どっかの誰かさんたちは車にはねられようと斬られようと病院にかからなくてもどうにかなる安上がりの体をしているが、若干十六の上ごく普通の地球人の新八はそうもいかない。
もうほとんど治っているから退院してきたのだが、多少気にしてくれてはいるのかそれともただ単に当番の日だったからなのか、出勤した時にはすでに銀時は起き出していて朝食を作っていた。
そのままの流れで皿洗いまで頼んだのだが。
「あー……これ駄目っすよ銀さん、ちゃんと取って洗わないと」
ずるりと引きずり出すと、排水溝の中、水切りネットがかけてある元は銀色だった筒が出てきた。それは赤茶けた得体の知れないどろどろしたものにまみれていて、銀時がぎゃっと首をすくめた。
この上司はこれだから、と新八は苦笑する。
小器用なせいもあって何でも出来るのだが、表面が上手く収まってりゃいいや、みたいな適当なところがある。というか、普段の適当さが現れていると言った方が適切であるやもしれない。
例えば台所のシンクなら見えるところが現れていれば満足し、風呂場も同じだ。以前は風呂に入ったかと思ったら水が流れません、とびしょぬれの状態で情けなく助けを求めてきた。やっぱり排水溝がつまっていた。
「残りはやっときますよ、ここまでありがとうございました」
「あー……いや、その、うん」
「なんすか」
そんなに皿洗いがしたかったのかと上司の顔を仰ぎ見ると、濡れた手でがしがしとふわふわの頭を掻いている。
「ああもう、ちゃんと手拭いてください」
布巾を差し出すと大人しく手を拭く。その様子が何だか可笑しくて、新八は遠慮無く笑った。
「全く、僕はあんたのお母さんですか」
そう言うと、え、と銀時は目を丸くした。あ外したかな、と新八は取り繕う笑みを浮かべる。
「すみません、失礼しました。そりゃ僕が母親じゃいやですよね」
そもそも年齢が違う。どちらかといえば銀時が兄とか父ポジションに収まるべきだろう。さらにいえば自分は男である。
「いやあ、そんなんじゃなくて」
なんとなくきょとんとした銀時の、目が死んでいないような錯覚を覚えて新八は思わずその顔をまじまじと見た。
「新八は俺の奥さんでしょう」
そしてそのまま遠慮無くふきだした。
「なっ、なんすかそれ、ないからマジないから」
「えー、結構真剣よ? 銀さん」
「僕男ですし」
「うん、だから奥さん的なもので」
「的ってなんだああああ!」
大きく突っ込むと、銀時はまた頭を掻いた。
「まああれですよ、わかってないようだから言いますが」
仕切り直した銀時を新八は注目する。
「プロポーズのつもりなんですよ、あくまで」
流石に今度はふけなかった。
ぱくぱくと言葉を出し損ねて、新八は一つ深呼吸をする。
「じゅっ……順序ってもんがあるでしょう」
しかし出た言葉は、なんかこれ違くね?あれ?と自問するようなものだった。案の定目の前の天パはにやりと笑って。
「じゃー順序を踏めばいいわけね?」
「いや、そういうわけでは」
「侍に二言はないんじゃないの、新八くーん」
その揶揄する笑みが憎らしかった。なんなんだこの大人は!と怒鳴りそうになって止める。
今までよりも厄介なものに捕まったのだと、新八が理解するにはまだ少々の時間を要することになる。
「……銀ちゃん」
「あんだよ、神楽」
「銀ちゃん柄にもなく新八がいない間寂しかったアルな」
「なっ、ななな何言ってんですか銀さんそんなことありまっせーん」
「慌てて手出しとこうと思ったのバレバレアル」
「何言っちゃってんの神楽さあああああん!?」
「新八には黙っといてやるアルよ」
「うんわかった、その手は何かなー」
「工場長には何よりも酢昆布が似合うネ」
「……かしこまりました献上させて頂きます」
したたかな子どもは銀時そっくりにによんと笑った。
オリジ――
細い腕、
理不尽をかたちづくる白い指。
女神が指し出した手に、俺は手を伸ばした。
細い腕、
狂乱の宴を指揮する白い指。
女神が指し示した方向に、僕は歩いていく。
細い腕、
完璧なまでな造作の白い指。
女神が差し伸べた手の甲に、私はくちづけを落とした。
クルセ――
僕が十字を切るのは、祈りのためではない。
敵を滅するために、僕は十字を切る。
はたして自分が聖戦に備えるものなのか、
神と自然に反したものを滅するものなのか、
――わからなくなって、しまった。
?――
恋と呼ぶには、これはあまりにも淡い。
しかし、淡雪のように溶け消えてしまうものでもないだろう。
あの人が一番幸せになってくれれば、それでいい。
敵意に関しては敏感だが、好意に関しては鈍感なのだ。
その理由はと言えば、自分が誰かの特別になれるということを欠片も考えていないということが大きい。
自分が人に好かれる人間ではないと、彼は心の底からそう思っている。
オリジ?
愛しい人を慈しむ手で、彼は人を殺す。
恋しい人を慰める口で、彼は恫喝する。
それとも。
人を殺す腕が、最愛の人を慈しむのか。
恫喝する唇が、焦がれる人を慰めるのか。